妊娠期
妊娠中期
妊娠中は、女性ホルモンの影響で歯ぐきが赤くなったり、腫れたり、出血するなどの「妊娠関連(性)歯肉炎」になりやすいといわれています。炎症が歯肉に限られる歯肉炎から、歯を支える骨を減少させる歯周炎になり、早産などのリスクにもなるので注意が必要です。そこで今回は、日本歯科大学附属病院 マタニティ歯科外来の代田あづさ先生・児玉実穂先生・鈴木麻美先生に、妊娠関連(性)歯肉炎についてのお話を伺いました。
妊婦さんが歯肉炎になりやすい理由の一つに、女性ホルモンとの関係があります。
妊娠中は「エストロゲン」、「プロゲステロン」という2つの女性ホルモンが血液中に多く存在しています。これらのホルモンを、歯周病菌の一部が栄養源にしていることから、菌が増殖して口の中で活発に活動します。
そのため妊婦さんは、歯周病の初期症状である「歯肉炎」になりやすく、多くの妊婦さんが、妊娠関連(性)歯肉炎にかかっているともいわれています。
この2つの女性ホルモンは妊娠中だけでなく、排卵と生理のサイクルにも影響しているため、女性は歯肉炎になりやすいといわれています。もともと歯肉炎だった人が、妊娠してさらに悪化してしまうケースも珍しくありません。
歯肉炎は、文字通り「歯肉(歯ぐき)が炎症を起こしている状態」です。
4つの項目のうち一つでも当てはまる場合は、歯肉炎になっている可能性が高いです。
妊娠関連(性)歯肉炎は、部分的に腫れやすいことが特徴としてあります。場所はだいたい上の前歯の歯ぐきが多いのですが、私たちが日々診察している中には、奥歯の歯ぐきのほうにも腫れが出ている患者さんもいます。
また、妊娠期間中に急速に症状が進みやすいのも妊娠関連(性)歯肉炎の大きな特徴です。歯ぐきの腫れがある時や、「今までと同じように軽い力でみがいているのに、なんだか血の味がするなあ」と感じた時は、ぜひ歯科医院を受診してください。
歯肉炎は悪化すると、「歯周炎」という病気に進行します。歯周炎になると、歯ぐきの炎症がどんどん進んで、歯と歯ぐきの境目の溝(歯周ポケット)が深くなり、歯を支えているあごの骨(歯そう骨)も溶けて減ってしまいます。歯を支えているあごの骨が溶けてしまうので、最終的には歯がグラグラして抜けてしまうこともあります。
さらに歯周病が進行すると、腫れた歯ぐきの毛細血管を通じて歯周病菌が全身に流れていきます。そして脳梗塞や心筋梗塞になりやすくなったり、糖尿病が悪化するなど、全身へさまざまな影響を与える可能性があることが分かってきました。
妊娠関連(性)歯肉炎の症状自体は、歯ぐきが腫れたり出血しやすくなるだけで、歯そう骨が溶けるまで悪化することはありません。ただし、そのまま放っておくと悪化して歯周病が進行してしまうので、定期的に健診を受けて早めの治療やケアを受けることが大切になります。
歯肉溝にプラークがたまった状態が続くと、歯肉に炎症が起きて腫れるため、歯肉溝が2~3mmとなり、歯肉ポケットが形成されます。
歯肉の炎症がひどくなると、歯周病菌が歯周組織に侵入し、歯を支えている歯そう骨や歯根膜が破壊され始めます。
歯と歯肉の境目の溝も3~5mmと深くなり、歯周ポケットという病的な溝になります。深い歯周ポケットの中は歯ブラシで清掃できないので、プラークや歯石がたまってきます。
炎症がさらに拡大し、歯そう骨も半分近くまで溶けてしまうため歯はぐらつきはじめます。
歯周ポケットも4~7mmとさらに深くなります。
歯そう骨が半分以上溶け、歯はぐらぐらになってしまいます。
進行した歯周病になると、歯周病菌の毒素や歯ぐきの炎症によって「サイトカイン」や「プロスタグランジン」などの炎症を起こす物質が多く産出され、歯ぐきの毛細血管から血流に乗って体内を移動し、子宮に到達してしまうことがあります。すると、まだおなかの赤ちゃんが生まれる状態ではないのに、子宮を収縮させて勝手に出産の合図を出してしまい、早産につながる可能性があるといわれています。また、進行した歯周病になると胎児の成長にも影響を及ぼし、2500グラム未満の低体重児になりやすいともいわれています。
ここ数年で妊婦さんの進行した歯周病は、早産の重大な原因だということが分かってきました。今まで早産の原因の多くは喫煙だといわれていましたが、実は歯周病のほうがリスクが高いといわれているほどです。
普段から定期的に歯科健診を受けてきちんとケアしている人は、妊娠したからといっても急速に重症化することはないので、あまり心配する必要はありません。一方で、妊娠する前から歯ぐきが腫れていたり、歯みがきで出血していた人は、妊娠すると女性ホルモンの影響で歯肉炎が進行しやすいので、一度歯科医院で診てもらうとよいでしょう。
妊娠関連(性)歯肉炎の治療は、毎日のブラッシングなどのセルフケアと歯科医院での定期的なプロフェッショナルケアが基本です。重症化しないように歯と口を健康に保ち、口内環境を整えることがとても大切です。
妊娠関連(性)歯肉炎のそもそもの原因である女性ホルモンの分泌は、自分の力でとめることはできません。口の中を清潔に保つことが一番の治療法になります。
毎日、できるだけ丁寧にブラッシングをすることが大切です。歯ぐきが腫れている部分は出血しやすいので「触らないほうがいいのかな」とブラッシングを避けてしまう人も多いのですが、むしろ気にせず、軽い力でいつも通りにみがいてください。みがかないでいると、さらに進行してしまいます。
ブラッシングの基本は、歯ブラシを歯の面にしっかり当てて、小刻みに動かすこと。特に歯ぐきの腫れなどが気になっている人は、歯と歯ぐきの境目を丁寧にみがきましょう。1カ所につき20回以上が目安です。力を入れすぎず、軽い力でみがきます。
自分で毎日ブラッシングすることも大切ですが、それだけではみがき残しがあったり、歯ブラシが届きにくい部分があったりします。歯科医院で定期的に歯垢(プラーク)や歯石などの汚れを取るクリーニングをしてもらうことが大切です。また、歯科医院では一人一人に合わせた効果的な歯みがきのアドバイスも受けられます。
通院のペースは、歯ぐきや口の中の状態を見ながら決めていきます。
出産後は、育児でバタバタして受診が難しくなり、歯肉炎があると悪化しやすい傾向にあります。ぜひ今のうちに受診して、口内環境を整えておきましょう。
妊娠関連(性)歯肉炎の予防も、治療と同じく普段のセルフケアと歯科医院でのクリーニングが大切です。特に歯や歯ぐきに問題はなくても、一度ぜひ受診してみてください。
妊娠期間を通じて、歯科医院を受診できない時期はありません。ただし妊娠初期は、つわりに悩まされるなど体調が不安定な状態ですし、妊娠後期になると、おなかが大きくなってくるので仰向けのまま長時間過ごすと苦しくなります。なるべく妊娠中期までに来院するほうが、体調も安定しているのでおすすめです。
なお、人によっては、妊娠後期に仰向けでいると「仰臥位(ぎょうがい)低血圧症候群」という貧血のような症状になる可能性もありますが、左側を下に向けて寝ると改善されますし、私たち歯科医師も十分に配慮しますので診察に問題はありません。
妊婦さんの中には、歯のトラブル以外に、口臭や口内炎で悩んだり、親知らず(=智歯)が腫れる「智歯周囲炎(ちししゅういえん)」という症状で歯科医院を受診する人も多くいます。
妊娠すると女性ホルモンのバランスが変わり、だ液の質がネバネバした状態になりやすかったり、分泌量が減少しやすいです。また、だ液は本来、口の中の汚れを洗い流してくれるなどの働きがあるのですが、その働きが低下して口の中が乾いた感じになり、さまざまなトラブルを起こしやすくなります。つわりや食べものの好みの変化で、口内環境が妊娠前と変わることも原因の一つと考えられます。
そのため、妊娠前よりも丁寧なブラッシングが必要ですが、つわりや体調不良で普段通りにいかないこともあると思います。ブラッシングが難しい時には無理せず口の中をゆすいだり、洗口液を使うなどできる範囲でケアをして、体調のよい時にしっかりとブラッシングをしましょう。
妊娠中は、自分の口の中の環境を振り返る良いチャンスでもあります。丁寧なブラッシングと定期的なプロフェッショナルケアで、健康な歯と歯ぐきを維持しましょう!
日本歯科大学附属病院
マタニティ歯科外来
日本歯科大学附属病院は、妊娠中の女性が安心して歯科治療を受けられる「マタニティ歯科外来」を2010年4月に開設。妊娠期特有の口腔内の相談や歯科治療を行っている。精神的ケアも考慮し、スタッフは女性歯科医師、歯科衛生士のみで構成されている。
代田あづさ
マタニティ歯科外来長/歯科医師、博士(歯学)
児玉実穂
口腔リハビリテーション科/講師、歯科医師、博士(歯学)
鈴木麻美
総合診療科/准教授、歯科医師、博士(歯学)、博士(医学)
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