こうして歯みがきは身近になった
人々の口腔衛生意識を高め、歯みがきの習慣化を促すうえで大きな役割を果たしたのは企業が展開した宣伝、広報活動です。その活動は、強い使命感と企業文化に裏づけられたものでした。
⑤テレビが呼びかけた「歯をみがこう!」
人気番組のCMで歯みがきの大切さを伝える
日本でテレビ放映が始まったのは1953(昭和28)年のこと。ライオンは、いち早くテレビCMの可能性に着目し、この年に日本テレビ放送網で「動物ビックリ箱」の提供を開始しました。この番組は、動物の生態をわかりやすく、面白く紹介するもので、子どもやお母さんに歯みがきの大切さを伝えるにはぴったりでした。
その後も積極的な番組提供が続きます。中でも東京放送の連続テレビ映画『スーパーマン』は、視聴率が70%を超えるほどの大人気。この人気にあやかって、ライオンは歯みがき剤「スーパーライオン」を発売しました。
1960(昭和35)年には、テレビのカラー放送が始まりました。その4年後からTBS系で放映された連続ドラマ『逃亡者』は、無実の罪を着せられた医師が、逃亡しながら真犯人を追うという息詰まるストーリーで視聴者をつかみました。そして、デンターライオンのカラーCMもまた、鮮烈な印象を与えました。ピンクの歯ぐきと、白い歯と、かじられたりんご。「りんごをかじると血が出ませんか」という問いかけにドキッとした視聴者も多かったことでしょう。この一連のCMは、歯ぐきの健康への関心を一気に高めました。
人気者が子どもたちに「歯をみがけよ!」
その後もライオンはさまざまな人気番組を提供しましたが、とりわけ子どもたちの印象に残っているのは、ザ・ドリフターズのコント番組『8時だョ!全員集合』ではないでしょうか。
この番組の最後で、出演者全員が舞台に上ってエンディング曲「ドリフのビバノン音頭」を歌い、加藤茶がテレビの前の子どもたちに呼びかけました。「お風呂入れよ!」「宿題やれよ!」「歯をみがけよ!」。このメッセージは、子どもたちの心に、ストレートに届いたに違いありません。
⑥今にも通じる明治時代の「歯の養生法」
当時の最新研究成果をまとめた小冊子
明治時代に始まった歯みがき剤の新聞広告は、口腔衛生についての知識を広めるために大きな役割を果たしました。新聞に加え、活字で歯みがきの大切さ伝えたのが、今でいうパンフットやリーフレットなどの印刷物です。むし歯や口腔衛生について専門的に解説した高度な内容のものから、子どもたちに歯みがきをすすめる「歯みがきカード」やしおりまで、さまざまなものがつくられました。
中でも、口腔衛生の普及を目的とした印刷物として、もっとも古いと思われるのは、『通俗 歯の養生法』という小冊子です。これは1912(明治45)年、小林商店(現ライオン)の社内に設置されていた歯科衛生普及会がその研究成果をまとめたものでした。縦15㎝、横10.5㎝、52ページの小冊子ですが、目次には次のような項目が並んでいます。
歯は生命の基/歯と文明の関係/乳歯と永久歯/歯の性質/齲歯(うし むし歯のこと)の原因/齲歯の予防法/子供の歯の注意/歯磨の選択『通俗 歯の養生法』は、このような口腔衛生に関する最新の知識や方法を図解入りで解説したものでした。
むし歯の原因は「虫」ではなく「細菌」!
たとえば、「齲歯の原因」として「ミラー学説」が紹介されています。これは1889(明治22)年、ドイツのミラー博士が唱えた新しい学説です。
それまで、むし歯は歯に巣食う「歯虫」によってできると考えられていましたが、ミラー博士は化学細菌説を発表しました。むし歯ができる原因は、歯の表面についた糖類が口の中の細菌によって発酵して有機酸がつくられ、この酸に歯が溶かされることによって起こるというのです。
この新しい学説が紹介されたことは、画期的でした。『通俗 歯の養生法』は、科学的口腔衛生啓発理論の先駆けともいうべき試みだったといえるでしょう。