こうして歯みがきは身近になった

人々の口腔衛生意識を高め、歯みがきの習慣化を促すうえで大きな役割を果たしたのは企業が展開した宣伝、広報活動です。その活動は、強い使命感と企業文化に裏づけられたものでした。

③情報満載、懇切丁寧な歯みがき新聞広告

人体解剖図でむし歯の悪影響を表現した新聞広告(『東京日日新聞』1917年2月12日付)
人体解剖図でむし歯の悪影響を表現した新聞広告
(『東京日日新聞』1917年2月12日付)
イラストを使った歯みがき啓発広告(『東京日日新聞』1918年6月20日付)
イラストを使った歯みがき啓発広告
(『東京日日新聞』1918年6月20日付)

新聞で歯みがきの特効をアピール

新しい商品が発売されたとき、私たちはテレビやインターネットなどを通じて、いち早くその情報を知ることができます。では、テレビもネットもなかった昔の人はどうしていたのでしょう。小林商店(現・ライオン)の歯みがき粉第1号である「獅子印ライオン歯磨」が発売された1896(明治29)年にさかのぼってみましょう。
創業者の小林富次郎は、楽隊や大相撲などのイベントで、新しい商品のPRを行いました。一方で、そのすぐれた効果を世間に広く伝える手段として、新聞広告にも着目します。この時代、新聞広告は、新しい商品の誕生を広く世間に知らせるための、ほとんど唯一のメディアだったからです。
そして、発売された年に、最初の新聞広告が『都新聞』に掲載されました。そこには「獅子印ライオン歯磨」の特効が書かれていました。化学的な作用で歯を強くし、光沢を出す。口の中を清潔にして臭いを取る。むし歯を防ぐ……。歯みがきの効能を文字で伝え、歯みがき習慣を広めようとしたのです。
慶應義塾大学の創設者として知られる福澤諭吉は、新聞広告の重要性に注目し、「商人に告ぐるの文」と題する新聞記事で、その効用を説きました。新しく誕生した商品を世間に広く知らせ、商売繁盛を図るには、新聞広告に勝る方法はない、というのです。それをいちはやく実践したのが小林富治郎だったといえるでしょう。

図解入りで歯みがきの大切さを訴える

新聞を使った歯みがき広告は、その後も続きます。小林商店の歯みがき広告の中から、面白いもの、斬新なものを紹介しましょう。
1917(大正6)年の新聞広告では、「不健康な歯は諸病の基」と題して、口腔衛生が全身に影響を与えることを懇切丁寧に説明しています。細かい文字がびっしり詰まった紙面の左側には、大きな人体解剖図を載せて、歯と歯ぐきの部分をを虫メガネでクローズアップ。黒く汚れたむし歯が全身に悪い影響を与える様子を図で見せて、強烈な印象を与えます。
翌年には、口腔ケアの大切さを、イラスト入りでわかりやすく説明した広告もつくられました。口腔衛生図と題したこの広告も、歯磨き習慣の大切さを、さまざまな角度から訴えかけています。
1920(大正9)年11月5日は、わが国最初の「むし歯予防デー」ですが、この日、ライオン歯磨の新聞広告は、こう呼びかけています。
「皆さん!むしばにならぬ用心にライオン歯磨をおつかひなさい。」
これらの新聞広告には、美しい写真も、気が利いたコピーもありません。でも、「歯をみがこう」と呼びかける熱いメッセージが伝わってきます。

④ラジオが伝えた歯みがきの大切さ

歯みがきの大切さを伝えるラジオ番組の公開録音風景
歯みがきの大切さを伝えるラジオ番組の公開録音風景

ラジオ番組を提供した歯みがきメーカー

どんなにすぐれた商品でも、広く知られければ使われないし、人々の生活には浸透しません。「口の中を清潔にする」という口腔衛生意識や、「毎日歯をみがく」という生活習慣をつくり出すために、大きな役割を果たしたのが、歯みがき広告です。明治時代に新聞広告から始まった歯みがき広告は、時代とともに変わり、やがて電波を介した新しいマスコミ――民放ラジオやテレビを通じて行われるようになります。
戦後間もなく、まずラジオの時代がやってきました。ラジオの民間放送が始まったのは1951(昭和26)年。お茶の間のラジオから流れてくるさまざまなコマーシャルは、きっと新鮮に聞こえたことでしょう。生活必需品を扱う歯みがきメーカー各社も、みんなが楽しめる番組を提供するようになりました。

番組を楽しみながら歯みがき習慣を

ライオン歯磨が提供したラジオ番組の一つが、新日本放送(現在の毎日放送)のクイズ番組、「バイバイゲーム」です。この番組は、出場者が一般から募集した5つの問題に回答するというもので、第1問正解者は賞金250円。第2問、第3問と正解するごとに賞金はバイバイ(倍々)に増えていきます。でも、途中で失敗すれば、それまでの獲得賞金は失われ、「はい、それまで、バイバイ(さようなら)」となってしまいます。
ラジオを聴いている人にとってもスリリングなこの番組は、1952(昭和27)年、108の番組のうちトップの人気番組としてラジオ広告電通賞を獲得。翌年には、日本民間放送連盟主催のコマーシャル・メッセージ・コンクールで1等賞を獲得しました。楽しく聴きながら、歯みがきの大切さを世の中に広く伝えたのです。