特定健診・特定保健指導と口の健康
2018年4月から特定健診・特定保健指導で使用される「標準的な質問票」の13番目の質問に「かむこと」についての項目が新たに追加されました。これは、歯周病やむし歯などで歯を失うことによって口腔の機能や咀嚼する機能が衰えることで、野菜の摂取が減り、食べやすい脂質や炭水化物が増加することで生活習慣病のリスクが高まるという指摘からです。
この標準的な質問票の中には口腔の健康と関連する項目としては「喫煙(質問8)」「食べる速度(質問14)」「間食や甘い飲み物(質問16)」もあり、歯周病、肥満、むし歯のリスクに関連しています。
標準的な質問票の「かむこと」「喫煙」「食べる速度」「間食や甘い飲み物」の回答状況を踏まえながら「歯・口の健康」を通した生活習慣病の予防、改善に向けた保健指導に活用しましょう。
「かむこと」「食べる速度」「間食や甘い飲み物」「喫煙」に関する厚生労働省の解説や留意事項については以下からご覧ください。
「かむこと」について
食事をかんで食べる時の状態はどれにあてはまりますか。(質問13)
①何でもかんで食べることができる
②歯や歯ぐき、かみあわせなど気になる部分があり、かみにくいことがある
③ほとんどかめない
解説
第三期の特定健康診査から追加された質問です。
- う蝕(むし歯)、歯周病、歯の喪失やそれ以外の歯・口腔に関わる疾患等により咀嚼機能や口腔機能が低下すると、野菜の摂取は減少し、脂質やエネルギー摂取が増加することで、生活習慣病のリスクが高まることが指摘されています。
- 何でもかんで食べられると、バランスよく食事をとることができるだけでなく、唾液の分泌量が増加するため、消化吸収の促進、味覚の増進等にも有効となります。
- 歯科保健行動は、口腔衛生用品の選び方、使い方や、よくかむことの習慣づけを通じた早食いの改善など、比較的、導入しやすい取組も多くあります。
- ②または③と回答した人のうち、血糖を下げる薬またはインスリン注射(質問2)で加療中の場合は、歯周病の治療などを行うことで糖尿病の重症化を予防することが期待されます。
- ②または③と回答した人の多くは、歯科治療を受けることで改善することが期待されるため、歯科医療機関の受診を勧奨しましょう。
留意事項
- よくかめないと野菜等の摂取が少なくなる一方で、脂質や総エネルギーの摂取量は増え、肥満につながることが報告されています(文献17)。また、歯の喪失などにより咀嚼に支障が生じ、硬い食物をかめない状態では、食生活に関する指導内容の実践に支障が出てきます。
- 前期高齢者では現在歯数が20歯未満となる割合が25%と高くなることも踏まえ、それ以前の年齢における歯や口腔の管理が非常に重要であることを留意しましょう。
- ②と回答した人の一部、および③と回答した場合には、早期に歯科専門職による対応が必要となることが多くなります。う蝕(むし歯)などに対する修復治療、歯周病に対する治療・定期管理、歯の喪失に対する補綴治療または口腔機能低下に対する治療などにより咀嚼力の回復や口腔機能の向上を図ることができることを説明し、現在治療を受けていない場合には歯科受診を勧めましょう。
- 生活習慣病のリスク因子(肥満、高血圧、高血糖)を有し、口腔内状態が悪く、口腔衛生の習慣が身についていない人では、保健指導などによる介入によってリスク因子が有意に改善したことが報告されています(文献18)。
- ※「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」(厚生労働省健康局)より一部改変
文献
- 17.-メタボリックシンドローム(肥満・脂質異常症・高血圧・糖尿病)-健康長寿社会に寄与する歯科医療・口腔保健のエビデンス2015. p118-128.
- 18.平成27年度厚生労働省歯科保健サービスの効果実証事業「生活習慣病の発症予防に係る歯科保健サービスの効果検証」
「食べる速度」について
人と比較して食べる速度が速い。(質問14)
①速い
②普通
③遅い
解説
- “速い”と回答し、かつ肥満傾向がある場合は、仕事や家庭のやむを得ない事情などを確認し、共感した上で、少しでも改善できるようにするための工夫を共に考えるなどの支援を行いましょう。
- 工夫としては、たとえば「よくかむことを意識する」「会話しながら食事する」「汁物で流し込むような食べ方をやめる」「野菜を増やす」などの方法があります。
留意事項
- 日本人を対象とした研究で、食べる速さと肥満度(BMI)との間に関連があることが報告されています(文献19、20)。
- やせ(BMI<18.5)、および普通体重(18.5≦BMI<25.0)に比べて、肥満(BMI≧25.0)で食べる速度が速い者の割合が多いことが報告されています(文献21)。
- 食べる速度が速い者は、遅い者と比べて将来の糖尿病発症の危険が約2倍になることが報告されています(文献22)。
- ゆっくりとよくかむ食習慣の実践により、生活習慣病を改善できる可能性が示されています(文献23)。
- 先行研究(23件)のメタ解析から、食べる速度が速い者は、遅い者と比べて肥満のリスクが約2倍であることが示されています(文献24)。
- ※「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」(厚生労働省健康局)より一部改変
文献
- 19.Sasaki S, Katagiri A, Tsuji T, Shimoda T, Amano K. Self-reported rate of eating correlates with body mass index in 18-y-old Japanese women. Int J Obes Relat Metab Disord. 2003; 27:1405-10.
- 20.Otsuka R, Tamakoshi K, Yatsuya H, Murata C, Sekiya A, Wada K, Zhang HM, Matsushita K, Sugiura K, Takefuji S, OuYang P, Nagasawa N, Kondo T, Sasaki S, Toyoshima H. Eating fast leads to obesity: findings based on self-administered questionnaires among middle-aged Japanese men and women. J Epidemiol. 2006; 16:117-24.
- 21.平成21年度国民健康・栄養調査
- 22.Sakurai M, Nakamura K, Miura K, Takamura T, Yoshita K, Nagasawa SY, Morikawa Y, Ishizaki M, Kido T, Naruse Y, Suwazono Y, Sasaki S, Nakagawa H. Self-reported speed of eating and 7-year risk of type 2 diabetes mellitus in middle-aged Japanese men. Metabolism. 2012; 61:1566-71.
- 23.安藤雄一、花田信弘、柳澤繁孝.「ゆっくりとよく噛んで食べること」は肥満予防につながるか? ヘルスサイエンス・ヘルスケア. 2008; 8: 54-63.
- 24.Ohkuma T, Hirakawa Y, Nakamura U, Kiyohara Y, Kitazono T, Ninomiya T. Association between eating rate and obesity: a systematic review and meta-analysis. Int J Obes. 2015; 39:1589-1596.
「間食や甘い飲み物」について
朝昼夕の3食以外に間食や甘い飲み物を摂取していますか。(質問16)
①毎日
②時々
③ほとんど摂取しない
解説
- “毎日”もしくは“時々”と回答し、かつ肥満傾向がある場合は、仕事や家庭のやむを得ない事情などを確認し、共感した上で、少しでも改善できるような工夫を共に考えるなどの支援を行いましょう。
たとえば、間食の時間や内容などを記録し、間食回数を自覚することで修正を促すような行動科学的なアプローチがあります。
留意事項
- 肥満者は普通体重の人に比べて、夕食後に間食をすることが多いことが報告されています(文献26)。
- 1年後の健診で、「夕食後に間食(3食以外の夜食)をとることが週に3回以上ある」ことがなくなった者は、体重が減少したという報告があります(文献25)。
- 世界保健機関(WHO)では、成人や子どもにおける肥満やむし歯などの非感染性疾患(NCD)を減らす目的で、遊離糖類(Free Sugars)の摂取量を、総エネルギー摂取量の10%未満とすることを強く推奨しています(文献27)。
なお、遊離糖類とは、グルコースやフルクトースなどの単糖類、スクロースや砂糖等の二糖類等食品や飲料の加工調理で加えられるもの、ならびに蜂蜜、シロップ、果汁、濃縮果汁等に自然に存在する糖類のことをいいます。このガイドラインは、生の果実の摂取を制限するものではないことに留意しましょう。 - 果物に関しては、菓子類の間食とは分けて考える必要があります。
成人での果物摂取と肥満との関連を調べたシステマティックレビューでは、果物摂取と長期的な体重増加抑制との関連性が示されています(文献28)。また、ほかの生活習慣の改善とあわせて果物や野菜の摂取量を増やすことは、肥満や過体重の成人において、肥満が改善されることも示されています(文献29)。 ただし、果物は皮をむいて食べることが多く食物繊維の摂取が少なくなること、果物の品種の改良により糖分の多いものが多いことを考慮して、摂取総量には十分に注意を払うように心がけましょう(文献30)。 - 果物の摂取は糖尿病の発症率を低下させますが、過剰摂取は血中の中性脂肪や体重の増加をきたす懸念があるとして、糖尿病診療ガイドライン2016では摂取量を1単位程度としています(文献31)。1単位(80kcal)とは、みかんなら2個程度に相当します(文献32)。したがって、単純糖質の摂取は控えることが望ましいですが、果糖を含む果物は適量摂取が勧められます。
- 11~15歳の小児を対象とした検討において、摂取エネルギーに対する砂糖類の割合や間食(菓子類・果物等)の頻度が高まるほど、むし歯(う蝕)や口腔機能低下のリスクが高まることが報告されています(文献33)。
- ※「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」(厚生労働省健康局)より一部改変
文献
- 25.平成22年厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)「特定健診・保健指導開始後の実態を踏まえた新たな課題の整理と保健指導困難事例や若年肥満者も含めた新たな保健指導プログラムの提案に関する研究」(研究代表者 横山徹爾)
- 26.平成9年度国民栄養調査
- 27.Guideline Sugars intake for adults and children WHO 2015.
- 28.Hebden L, O’Leary F, Rangan A, Singgih Lie E, Hirani V, Allman-Farinelli M. Fruit Consumption and Adiposity Status in Adults: A Systematic Review of Current Evidence. Crit Rev Food Sci Nutr. 2015 Jun 26:0.
- 29.Ledoux TA, Hingle MD, Baranowski T. Relationship of fruit and vegetable intake with adiposity: a systematic review. Obes Rev. 2011; 12: e143-150.
- 30.日本糖尿病学会編. 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013.
- 31.日本糖尿病学会編著. 糖尿病診療ガイドライン2016.
- 32.文部科学省. 日本食品標準成分表2015(七訂).
- 33.Burt BA, Eklund SA, Morgan KJ, Larkin FE, Guire KE, Brown LO, Weintraub JA. The effects of sugars intake and frequency of ingestion on dental caries increment in a three-year longitudinal study. J Dent Res 1988; 67:1422-9.
「喫煙」について
現在、たばこを習慣的に吸っていますか。(質問8)
①はい
②以前は吸っていたが、最近1か月間は吸っていない
③いいえ
解説
- 階層化に必要な情報は喫煙の有無のみですが、「いいえ」と回答した者の中には過去に喫煙歴のない“生涯非喫煙者”と、過去に喫煙していたが現在喫煙していない“禁煙者”が含まれることになり、禁煙者は生涯非喫煙者に比して疾患リスクが高いことや、再喫煙のリスクがあることなど、非喫煙者と異なる保健指導が必要なことから、第4期特定健診から選択肢が変更されました。
- ここでの喫煙は、紙巻きたばこだけでなく加熱式たばこも含みます。
- 現喫煙者および過去喫煙者については、喫煙量(本数・年数)の評価も重要です。喫煙量の評価のための標準的な質問は以下の通りです。
本数:1日に何本吸っていますか(吸っていましたか)1日( )本
年数:通算で何年吸っていますか(吸っていましたか)通算( )年間
保健指導対象者の選定と階層化に必要な質問になります。
留意事項
- 喫煙は、動脈硬化や脳卒中死亡(男性の1日1箱以内の喫煙で約1.5倍、1日2箱以上で2.2倍)、虚血性心疾患死亡(同1.5倍、4.2倍)(文献3)、2型糖尿病(1日1箱以上の喫煙で発症リスクが男性で1.4倍、女性で3.0倍)(文献4)のリスク因子です。また、中性脂肪やLDLコレステロールの増加、HDLコレステロールの減少とも関連するという報告があります(文献5、6)。
- 喫煙とメタボリックシンドロームの重積は、動脈硬化を更に亢進させ、いずれも該当しない人と比べて脳梗塞や心筋梗塞の発症リスクが4~5倍高まることが報告されています(文献7)。
- 喫煙者に対しては、本人の意向を踏まえた上で禁煙を助言し、禁煙に必要な情報の提供を行いましょう。禁煙外来を実施している医療機関のリストを提示するのもよいでしょう。
- 過去喫煙者であることが把握できた場合は、禁煙を継続するように励ましましょう。
- 喫煙は歯周病や歯の喪失とも関係します。口腔機能の状態(質問13)によっては食事指導を実施できない場合もあることに留意して、必要に応じて歯科医療機関を紹介しましょう。
- ※「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」(厚生労働省健康局)より一部改変
文献
- 3.Ueshima H, Choudhury SR, Okayama A, Hayakawa T, Kita Y, Kadowaki T, Okamura T, Minowa M, Iimura O. Cigarette smoking as a risk factor for stroke death in Japan: NIPPON DATA80. Stroke. 2004; 35:1836-41.
- 4.Waki K, Noda M, Sasaki S, Matsumura Y, Takahashi Y, Isogawa A, Ohashi Y, Kadowaki T, Tsugane S; JPHC Study Group. Alcohol consumption and other risk factors for self-reported diabetes among middle-aged Japanese: a population-based prospective study in the JPHC study cohort I. Diabet Med. 2005; 22:323-31.
- 5.Willi C, Bodenmann P, Ghali WA, Faris PD, Cornuz J. Active smoking and the risk of type 2 diabetes: a systematic review and meta-analysis. JAMA. 2007; 298:2654-64.
- 6.Craig WY, Palomaki GE, Haddow JE. Cigarette smoking and serum lipid and lipoprotein concentrations: an analysis of published data. BMJ. 1989; 298:784-8.
- 7.Higashiyama A, Okamura T, Ono Y, Watanabe M, Kokubo Y, Okayama A. Risk of smoking and metabolic syndrome for incidence of cardiovascular disease–comparison of relative contribution in urban Japanese population: the Suita study. Circ J. 2009; 73:2258-63.